谷村誠児さん(36)
▼ 生い立ち、そして上関へ
谷村さんは長門市に生まれ、地元の山口県立水産高等学校(現・県立大津緑洋高等学校・水産校舎)に進学。卒業すると、船舶の機関士を目指して2年間の専攻科へ、そして卒業後、遠洋漁業の漁船に乗るはずでした。ところが、20歳のときに妻との間に子どもが生まれ、その夢は諦めました。一度航海に出ると3ヶ月は戻ってこれない仕事だったからです。結局、地元の漁協に勤めることになりました。 漁協では養殖の部署に配属となり、養殖のイロハを学びました。そして3年が過ぎた頃、再び人生の転機が訪れます。「上関町で車エビの養殖に携わって欲しい」と県の担当者から声がかかったのです。 平成13年に開設された光・熊毛地区栽培漁業センター(上関町)では、様々な魚種の栽培漁業を推進。しかし、車エビの養殖は難易度が高く、うまくいっていませんでした。そこで、広島からその道のベテラン、田中さんを所長として招き、もう一人、将来を担う若手として谷村さんに白羽の矢が立ったというわけです。 さて、行ったこともない上関町です。妻は幼い子どもを連れての引越しにかなりの不安を感じていたようです。しかし、夫に不安はありませんでした。「選んでもらった期待に応えたい!」そんな仕事への意気込みが勝っていました。
▼ 働いてみて
車エビの養殖の難しさは、エビを直接、目で観察することができないことによります。餌や遮光によるストレスの軽減の為、植物プランクトンを大量に繁殖させ、酸素を取り込むために絶えず水車が回る。そんな不透明な水のなか、エビは砂に潜って過ごします。だから、エビを獲ってみて重さを量り、与えた餌の量と比較検討するなど、細やかなデータから状況を判断します。「見えないから難しい。でも、そこがまた面白いところなんです」。 田中所長の教えの下、車エビ養殖の技術を学んで11年、その働きが認められて現在、谷村さんはその若さで事務局長という立場にあります。 そんな谷村さんですが、その歩みは決して順調ではありませんでした。車エビの養殖に携わって3年ほどが過ぎた頃、頼りの田中所長が体調を崩して休養しました。そのとき、自分なりに学んできたつもりでしたが、自らの力不足を痛感したそうです。「上司ばかりに先頭を走らせて、いったい自分は何をしてきたのか」。そして、谷村さんは変わりました。積極的にわからないことを問い、貪欲に知識と技術を学ぶ日々を過ごしてきました。 車エビの養殖が注目されがちですが、このセンターの主な役割りは栽培漁業です。それは、マダイ、トラフグ、ヒラメ、アワビ等の稚魚を仕入れて育て、地域の海に放流する事業。その魚が成魚となり、漁師さんが獲り、消費者へ届けられます。どの魚をどの程度育てて、どこに放流すれば良い結果が出るのか。これもまた毎年、検証を繰り返しているそうです。「今年はよう獲れたよ」と漁師さんから声がかかると、とても嬉しいといいます。
▼ 暮らしてみて
夫には職場の人間関係がすぐにできましたが、妻は身寄りのない上関町へ来て、かなり不安だったようです。ところが、子どもを保育園に通わせると、他の母親たちとすぐに知り合いになり、彼女たちが自宅へ訪ねて来てくれました。そして家族ぐるみのお付き合いに発展。妻の心配はほどなく消えたのでした。 「近所の人たちも声をかけてくれて、『これ食べんさい』って、魚や野菜をいただいたり、通学する子どもに声をかけてもらったり。本当によくしてもらっています」と谷村さん。地域の人たちの温かさにも育まれ、上の子ども二人はもう中学生になりました。そして、5歳になる末っ子もすくすく育っているそうです。 実は上関町へ来て3年くらいして、谷村さんは町内で引越しをしています。抽選が行なわれるほど人気の「若者定住者促進住宅」に見事、当選したのです。一戸建ての住宅に格安の家賃で入居できた5人家族は、都会では考えられない快適な住環境を手に入れています。 さて、大変なことは?と聞いてみると、「買物です」。週末になると、隣町の平生町や柳井市の大型スーパーへ出かけるそうです。車で片道25分。一人一品というセール品を買うために5人家族全員で行くこともあるとか。買い込んだ食料の貯蔵のために冷蔵庫はなんと2台体制です。「大変ですが、楽しみでもありますね」と、さほど苦にはなっていない様子です。
▼ そして、これから
養殖している車エビを見せてもらいました。「ここのエビの特徴は大きく育てていることです。それと、この長い触角。これが長く育つということは、エビにストレスがないということなんですよ」。車エビの養殖地でここのように、深い海のすぐそばという環境は稀なのだといいます。深くてきれいな海が目の前にある。谷村さんたちはその水を潤沢に使って、エビにとって快適な養殖場を保っています。
最近、上関町では、車エビを特産品としてアピールしています。シーズンの12月に入ると、養殖場でも求めることができ、贈答などに使われるケースも多いそうです。 「これからも、魅力のある魚をたくさん放流して地域の海を豊かにできるようにがんばります。それと、上関の特産にふさわしい、最高に美味しい車エビを提供して、皆さんに喜んでいただけたら・・・」。と、谷村さんの目は輝いていました。船の機関士になろうとしていた谷村さんは、この上関町で職場と地域の人たちに支えられながら、新たな夢の実現に取り組んでいます。 (取材/2015年11月)
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